
洞窟
ザミャーチン(1844―1937)
静かだ。不死の、苦い、優しい、黄色い、白い、薄い青のことば、ことばを無頓着にむさぼり食いながら――鋳物の神は静かにごろごろとのどを鳴らしていた。そしてマーシャはお茶でももらうのと同じようにあっさりと――
「マルト! マルト、わたしにください!」
マルチーン・マルチーヌィチは遠くのほうからほほえんだ――
「だがねマーシャ、お前だって知ってるだろう。そこには一人前しかないんだ」
「マルト、だって私はもういないも同然なのよ。これはもうわたしじゃないの――どうせわたしは……マルト、わかってくださる、マルト!」
ああ、これが――あの声だ……もし頭を上にそらせたら……
「マーシャ、ぼくはお前をだましたんだ。家の書斎にはね、薪なんでない、それにぼくはオビヨールトゥイシェフの所へ行って、そこの戸と戸の間に……ぼくは盗んだんだ――わかるかい? それでセーリホフはぼくに……ぼくはすぐに戻しに行かなきゃならないんだが――ぼくは全部もやしてしまった、もやしてしまったんだ――全部!」
鋳物の神は無頓着にまどろんでいる。消えて行きながら洞窟の丸天井はかすかに身震いしている。家々も、岩も、マンモスも、マーシャもかすかに身震いしている。
「マルト、もしあなたがまだ私を愛しているのなら……ねえ、マルト、ねえ思いだして! マルトったら!」
不死の木の小馬、辻音楽師、氷の塊り。そしてこの声……マルチーン・マルチーヌィチはゆっくりと膝を起した。ゆっくりと、やっと巻揚げろくろを回しながら、机から青い小瓶を取ってマーシャに渡した。
彼女は毛布をはらいのけて、あの時の夕日を受けた水のように、赤い、素早い、不死のものとなって、寝台の上にすわり、小瓶をつかんで笑った。
「ねえごらんなさい。わたしが寝ながらここから出て行くことを考えていたのは無駄じゃありませんでしたわ。もう一つ電気をつけて――その机の上の。そう。今度は何かもっとストーブに入れて」
マルチーン・マルチーヌィチは見もせずに、紙を机から幾枚か、かき出してきてストーブに投げ入れた。
「それでは……少し散歩に行ってらっしゃい。たぶん月が出てるわ――わたしの月が。おぼえている? 忘れないで鍵をもって行って。さもないとぱたんとしめてしまうと、開けることが――」
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