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原発震災日誌


    原発震災日誌

                           山口和朗

原発震災とは、私対原発、私対戦争、私対地震、私対人間、私対死、と、私と世界との関係、私が世界をどう見、どう対していくかという関係、私は原発に対して、住みなれた地を離れないと、住み続けるチェルノブイリの老人のように、私も住むだろうということ、私の死は自明、速いか遅いかだけの問題、癌に対しても、無治療を選ぶだろう、戦争に対して、私は殺すより、殺される方をとり、戦わないだろう、地震に対し、地震だけが災害ではないと淡々と向き合うだろう、私は人に対し、ウイルスとなんら変らぬDNAを持った有機体、生物の一員として対するだろう、

世界の出来事に対して、わかった顔をしないで、どうしてなんだろうと、一体これは何なのだろうと、不思議の目で、驚きと、好奇の目で、私自身が不思議の目となって、
手術で取りきれなければ癌に完治は無い、放射線、抗がん剤などただの延命治療、いや、むしろ短命治療、副作用と闘う時間など、延命時間などではない、今のまだ元気な病気の自覚症状の無い状態が命の時間、癌と告げられ、突然病人にされ、切られ、放射線、抗がん剤を打たれ、良い時など少しもなく、一年もしないで次々と死んでいった友のなんと多いことか、この世を去ると決まったその時から始まる、一期一会の刻々の時をこそ、

誰を責めるでもない、すべては彼らのものだから、エリート、非エリート、支配者、被支配者、富者、貧者、すべて含めた彼らのものなのだから、私がとやかく言うことも、するべきこともないのだった、

地震、津波で人々が流され、街は燃え、原発がいつ爆発するかもしれないというのに、東海、南海地震が連動して大地震が来るかもしれないというのに、友人が喉頭がんだというのに、私は暖かい蒲団で高鼾で眠りを眠ろう、

政治というものが、世界というものが、理想や、希望に向かっては進んでいないという思いが、作家、芸術家にはあって、警鐘を鳴らし、究極を探る者として在った、世界の理想や希望ではない、私対世界という、私においての、理想と希望を、希望とは、私対世界において、60億の人間と、そこにつながる理性の人、ホモサピエンスの存在と、この歴史の総体をこそ希望とする、200万年の歴史の上にある現在をこそ希望であると、

イメルダが靴一万足、ロスチャイルドの資産が1000兆ドル、アメリカ、ソビエトが核2万発、どうしてこれほどの数が必要なのか、何か理由があるとしか考えられない、他の生物では考えられない、ライオンは食べもしないインパラを殺しはしない、アリは食べもしない食料を蓄えはしない、同じ人間としてよくわからない、たとえ理由があったとしても、それが人間という生物の属性だとしても、この時にあって、作家たち何を考えているのだろう、辺見、大江、他に誰か、作家というものが、時代の中にあって、神の視点を持つものであるはずなのに、
絶望(災厄)+愛=希望を描くことが作家の仕事であるはずなのに、たとえ絶望、虚無に取り巻かれたとしても、

狼がロープ一本で自らの縄張りから脱出できず捕獲されてしまうと、ヴィゾツキーの歌のように、自己を超えられない人間、200万年を繋いできた人DNAが、今何万、何十万と損傷を受け、変異させられるというのに、
死刑を容認している国、この容認の中にある人の思考とは、人権というものの未定義、ヒトラーといえど、一個の生命であるとの人の尊厳の欠如、辺見が詩の中で、犬の散歩の途中、犬の糞を掴んだその時、TVに映し出された死刑執行ニュースの画面を重ね、自らの首筋に掛けられたロープの感触をクローズアップさせていた、

タルコフスキー、サクリファイスで祈っていた、地球の破滅を、命を捧げますからと、60億の人DNA、いや全生物のDNAへの罪、原発事故、核廃棄物、核戦争への、

今、想像が現実のものに、原発事故とは核戦争と変わらず、放射能によるDNAの殺傷、毀損、変異、ただちに子供、若者を避難させてください、未来へのDNAを守るために、
私が見た、十数人の知人、友人の死、多くは癌死、Mさんの乳がん、「夫は最高の人だった」と、父方の伯母の胃がん、骨と皮になって、Sさんの胃がん、「もう一度田んぼを歩いてみたかった」と、Tさん、進行性側策硬化症、「俺はめでたい歌うたい」のレコードを残して、T先生は直腸がん、「また来ますに、又はないかもよ」と、Yさんは食道癌「もう医者に任せている」と送別会をして、Oの肝臓癌「何をしたかったのか」と自問し、恵美子の友人、Hさんの夫、肺癌で「もう少し年金もらいたかった」、MKさんは乳がん「何をしたかったわけでもないが」と、Sの肺癌、別れをする間もなく、母は胃癌、Hも胃癌「親父の年まで生きれたから」と、最近では恵美子の甥の脳腫瘍、親、子、妻を残しての、姉の夫のHさんは肺癌で末期、つい先日はFが甲状腺癌になり、手術待ち、死ぬ前、筑紫哲也が、この国は癌に侵されていると、社会のあり方を自分の癌に重ねていたが、今、福島において癌は発覚し、告知されているのだった、
石橋克彦の小田原沖地震の73年周期における地震予測、14年が過ぎている、浜岡原発が危ない、

田中三彦、日立の設計者、日立の不正を内部告発、柏崎原発の危険性、第二の福島にしないために、作ってから五十四年、若狭に14基、全国の使用済み核燃料は1万3千トン
広河隆一、原発より3.4キロで1ミリシーベルトが振り切れたとレポート、

1ミリシーベルトとは、1グラム当たり5000万回のウラン235の崩壊、1グラム当たり100億回のセシウム137の崩壊を受けるということ、チェルノブイリ、20年後に200キロ内で、20万人に癌が発生

日本人はバカだ、8メートルの津波対策で、地震が来ることが判っているのに原発を進めて来た、日本人の知性、理性はクレージー、ジョークなのか、命が長くない日本人、ゆでガエルのように、生殺しの日本人、日本人は家畜だから、おとなしく死を受容している、
と海外メディア、

世界の原発436基、40カ国で、日本54基、世界第3位
1986,4,26
チェルノブイリ
30km圏内---11万6000人
外部被爆---平均280μシーベルト
タービン---200レントゲン=2シーベルト
水---0.001キューリ=3.7×1010ベクレル
100レントゲン=100ラド=1シーベルト=1グレイ
作業者---80万人
1200台のバスで45000人避難

原発事故
チョークリバー---カナダ
ウインズケール---英
アイダホフォールズ---米
原潜スレッシャー号沈没
エンリコフェルミ炉

太古の地球に戻る大気
ラムンセン報告~シビアアクシデントは100万年に1回と、IAEA、増殖炉、スーパーフェニックス、42ケ国、原爆45000発分のプルトニウム発生、10キロのプルトニウムで原発1個、ウラン鉱山採掘労働者の死、原発ジプシー、米ハンフォード貯蔵所のコロラド川汚染、85000本のドラム缶、仏アレバ、コジェマ、再処理工場爆発すれば、死者3000万人、プルトニウムの半減期24400年

核保有競争と原発は一体のもの
持てる国の「ロンドンクラブ」
プルトニウム管理と特殊警察法
イバン・イリイッチ~エネルギーの大量消費への警告
エモリー・ロビンソン~福祉、効率、雇用の喪失、「ソフトエネルギーパス」
科学の進化と矛盾、可知、不可知、管理可、管理不可の問題ではなく、種への責務
小倉志朗~福島、浜岡原発の設計者
耐用年数40年、270ガルの設計、津波想定5メートル、事故が起きても何も言うまいと、
使用済み核燃料の何百年にわたる冷却
100万年後、人類消滅後も燃え続ける原発の熱

気が遠くなる時を、刃物を喉元に突きつけられ、発狂しないで、絶望の中を生きる、人間とは凄い動物なのかも知れない、まもなく60億が120臆になる世界とは、放射能で早期に死ぬ者が多いほど、他の生き物にとって良いことなのだと、人の絶望は意味あることなのだと、この動物のもつ宿命なのだと、たった2000年、文明の世は短くて、悪戯に科学試みせしまに
広河隆一、双葉町、100μシーベルト、1000μも超えた、50キロ離れた場所でも50μ、チェルノブイリより高い、内部被爆の危険を伝えたいと、

チェルノブイリの甲状腺がん、IAEA事故調査委員長(当時)重松逸造、チェルノブイリ原発事故の調査を担当、事故の4年後の調査で異常は全くないと発表、だが、事故後4年を過ぎて、子供の甲状腺がんが平均発病率の7800倍と爆発的にふえ、
WHOは1ベクレル、
300ベクレルとは、一?中に、8000万のヨウ素、ガンマ線が放出、毎日飲むとどうなるのか、
震災、戦災に立ち向かうように、取り返しのつかない原発に対しても、人は立ち向かう、それが生命と言うものだろうか
5年後、10年後に何パーセントかの癌が発生、
論調が、癌に似ている、癌か癌でないかは、切ってみないとわからない、癌と判れば手術、転移があるのかないのかは、5年生存率は何パーセント位、抗がん剤は、効くかどうかはわからない、どれだけの汚染があったのか、予想される場所からは避難、何年後かに住むことができるのか、まだ汚染は続くのか、何十年にも渉る原発被災、2人に1人は癌になる時代、アスベスト、化学物質、地球環境、
大きな憎悪が渦巻いている、原発推進派と、反原発派、民主と反民主、権力と反権力、個人の不幸と全体の幸福、

最悪のシナリオを調べること、2100年の地球、被爆2世3世の時代、癌の転移に囚われていた、癌発症の不安を生きる子供たちが、新たな哲学、文化が、存在とは永遠なのだから、ウイルスから進化、発展してきた生命、幾度も繰り返されてきた宇宙の現象、かつて生命の歴史は放射能との闘いのであったと、100年後の生命、
再度、最悪のシナリオを調べること、この絶望に、戦争に対してのように、私がどう向きあうかだけ、癌との共存のような、核との共存の世界、最悪を覚悟して余命を生きる個人とその世界、人類のために死ぬ暇がないのではなく、個人の意味において成さねばならない、

一年の後、作家、哲学者たち、何をどのように発するか、チェルノブイリを作家たちどのように捉えたか調べること、
すべてのことは量から質への転換なのだから、地震のプレートテクニクス論のように、自然裡のことで、パンドラの箱を開けるのが人というものであるように、人は限界まで行くのだろうか、だとするならあらゆる人の行為は自然なこととする外なく、世界を支配したい、自然を支配したいと、
すべては摂理であるとするなら、言うことはないのだが、科学が釈迦の手の平の上でのことであると認めても、可笑しい人の行為、最早、彼らは自分が何をしているのか判らないのだと、サクリファイスなど無用であるのだと、だとするなら、世界は私対世界で充分であるのだった、全未踏を思い起こすこと、自死と私対世界が、私の発見であったはず、

嶋橋喜美子、原発労働者の息子の母、平井憲夫の遺言、原発プラントの親方、沢井、原水協、三度被爆者を出した国、孫正義、田中三彦、後藤正史
プルトニウム、角砂糖5ケで日本壊滅とは、PU239の0.255μグラムが致死量、数10トンを保有、信じられないことが、65億人の強制収容所、善人にも、悪人にも、等しく降り注ぐ放射能の雨、世界は加害国日本と、1キロ未満の広島の原爆、1000倍もの原発、
調べれば調べるほど、原発は要らないものに、
TV、新聞は進歩と繁栄のためには必要との、多く人は科学をそうとらえ、が、今や原発に象徴されるように、あらゆるものが不必要な時代へ、縄文時代への郷愁のような、文化、芸術、科学、政治、人が、反原発か、反核、反戦争かの、すべてシンプルな基準へ、あらゆることが、多数、力によって決められ、進められていくことの、彼ら癌患者ではないのだった、癌患者にはわかる、何が問題なのか、去るこの世界へのメッセージ、癌が現代文明病であり、今健康であるものもいずれ、未来と、子供たちを守りたいのだった、
私はもう誰とも話さないだろう、私自身は癌が完治したのに、癌との共存、原発との共存など、友らの累々たる癌死、すべてが放射能によると思えるほどの、善人も、悪人も癌になるように、世界に平等に蔓延していく汚染、
絶望状況において、極限において、人は文化を推し進めてきた、状況の幅が意識の幅を広げ、深めてきた、太古よりあった絶望、試練、広島、長崎、そしてチェルノブイリを繰り返すまいと、人は何も学んではいない、繰り返される罪、O、Y、S、H、etcの死、何百、何千万の癌死、地球への思いが、絶望、虚無へと、

あの日、癌宣告から手術まで、嵐のように時が過ぎた、地震から、原発、嵐のような時が流れていく、取り返しのつかない事態が、全生命への災禍が、何百、何千万年もの時を、未来の生き物を支配する、放射能というゴミを出す原発、これ以上の罪が世界にあるだろうか、水銀も、PCBも、ダイオキシンも、アスベストも、原発の出す廃棄物に比べれば可愛いものに、地震が来ることがわかっていて、原発を稼動させ、作り続けている、一個の人間の意味は喪失し、一個の人間の責任は問われず、死の行進をするネズミのように、逃れられない、私対世界、私対癌、私対原発でしかないのだった、かつて、チェルノブイリを生きる人々に心寄せ、それが今自らのことに、癌の転移と同じように、放射能による発癌の不安の中を生きることに、五年間というもの体調とあいまって、頬にべったりと癌が張り付いていた、人生を時間や、意味ではなく、一期一会の只在る中に求めた、どのような痛みの中であっても、いま少し存在していたいという、あれから23年、いまだ私とは何か、意味とは、価値とはと、生きることそれ自体を問うてくる癌、更に癌死の増える日本において、新しき人々が誕生し、悲劇が喜びの時へと、在ることそれ自体で喜べることへと変るなら、

オルタナーティブ、自然エネルギー、バイオ技術と、科学はさまざまに、人類の幸せを考えてと、癌に対しての様々な治療法のように、存在を問うことより、存在のあり方を問うことへ、古代の人々にもあったであろう、私対世界という感情、この春日の、奇跡的な一日のように、時というものへの、250万年前、人への意識の目覚めの、猿から人への、意味を問い始めた地点への、人生50年でもかまわないのだった、様々な寿命を生きる生物と同じ、人DNAを繋ぐことなだけ、ただ違うことは、この意味を問う感情なだけ、

2万発の原爆、9.11、その前にソヴィエト崩壊、新型インフルエンザ、地球温暖化と、地球規模の問題が様々に、そこへの地震、原発災害であった、365日聴いていたクラッシックの音が途絶えて一ヶ月、ナクソスを聴いてみた、以前のように音楽として聴けない、風の音、雨の音のように、人の文化としての音ではないのだった、ただのざわめきの音に、
原発以降の、今だ進行中の、忘却してきた、チェルノブイリの、そこには、雨と風、廃屋、があるばかり、人の記憶、営為すべてを終了させた原発、そこに文化はないのだった、政治は、TVはあい変らず、原発の必要を唱え、この星は私の星ではない、私はただの旅人、借り物の命をただ生きるもの、
かつて、科学も、経済、文化も、政治的理想において、より良いものへと変革できるものと、理想に燃えた日、が、道のりの困難さから、自己実現へ、文学をとおした生身の私を生きることへと、

ふと、野本三吉さんどうしてるのかなーと、その昔、「風の自叙伝」で共感し、訪ねた人、沖縄大学の学長をしていた、寿町に住み、底辺の人々を見つめていた、新入生への挨拶で、原発問題を、むのたけじの言葉を引きながら、
「もう一度、一人、一つ、一個というところから始めたいと思います、人を変えられるのは、やはり自分で、他人によっては変わりません、自分で自分を変えようとすれば、少しずつでも違ってきます、それを継続すれば、まるで生まれ変わったようになる可能性があります、歴史は一人から始まる、自分から始まるということをもう一度みんなで見つめ直さねばならないのではないか、」と、変わってはいなかった、一人を生きること、その上での人や、社会との関係を説いていた、

進行形の原発の狂気、これからも世界のあちこちで、世界の核被災者の声、地震被災者の声とは違う、復活のない、再び戻ることのない、死の町、消された町、増え続ける核廃棄物、子々孫々に負わせる禍い、償うことのできない、生命に対する犯罪行為、国益、進歩、発展、温暖化、エネルギー対策と、何を取り上げても、その取り返しのつかないことへの償いなどはないのに、何故なのか、人の属性なのか、人とはそれほど愚かなものなのか、怒って、泣いて、溜め息ついて、一ヶ月、発癌リスクを様々に調べてみると、アスベスト、様々の化学物質による大気汚染、水道水の浄化による、農薬、化学肥料による、と、それらを日々取り込んで生きるしかない日本は、やはり2人に1人は癌に、そしてここに来ての原発、あらゆる食品は汚染され、全員が癌に侵されていくのだろう、

夜半、目が、覚め、怖れ、不安、不信、愚劣、原発の上に寝ていることの、再びは戻れない少年の日のような、忘れていた、砂上の楼閣であった、安心、平和、突然に癌の宣告を受けたあの日のような、原発が頬に張り付き、転移の不安に怯えたかつての、思考の不健康が取り巻き、地球の割れ目の、その上に、無数の原発と共存することの、転移した癌との共存のような、打つ手なしの、死を待つ、今少しの時を、見納めの風景、託す希望はないのか、人生は文句なしにすばらしいと、感謝したあの五年を経た後の、ふつと沸いてきた歓喜の、あの日、地球はまだ汚されてはいなかった、かりそめではあったが、美しい日本と人々がそこにはあった、取り返しのつかないことをしてしまった、ボイジャーから見た、漆黒の闇に浮かんだ、青い水の惑星、奇跡の星の地球、ごめんね地球、ごめんね生きものたち、世界に拡がる汚染、傷つけてしまうDNA、地球温暖化と同じように、世界を覆う、生きものたちには何んの罪もない、ごめんね、ごめんね、草よ、木よ、鳥よ、魚よ、動物たちよ、ごめんね、ごめんね、私は死んでいく、彼らは生きていく、この不幸の中を、彼らの天真さ、無邪気さが好きだった、病む彼ら、治すことなど求めず、絶えていく、40億年の進化の結晶であった彼らを、損なってしまった、涙が止まらない、ごめんね、ごめんね、

メルトダウンを迎え、福島がこの地から消え、が、更に続く不幸、東海、南海地震、浜岡原発、太平洋岸の2~3基の原発が爆発し800万人が死亡すると米国原発専門家予測、滅び行く日本、放射能不法投棄、核加害国日本、神の住む国、諸行無常の、花鳥諷詠の、葉隠れの、死ぬ事を見つけたりの、

癌があることは忘れられない、訪れる死は忘れられない、が、原発は、地震は忘れ去られる、震災も、原発も、人は共存していく、ライオンに捕らわれたインパラの死を、安堵し、草を食む他のインパラのように、生きるとは、忘却であるかのように、病んだ個人だけが、時を刻み、いつ死のうがたいした長さではないのだった、君が死んで七年、この間私は何をしたか、何もしてはいない、ただ世界を眺めていただけ、

夢を見た、若い私が、何故か原発の修理の仕事をする会社で働いていた、私は燃料棒を取り替える作業をしていた、これ位大丈夫かなーと、取り替えた燃料棒をゆっくりと差し込んでいった、すると炉心を冷やす水が突然沸騰を始めた、燃料棒を急いで引き上げたが、沸騰がとまらない、再臨海が始まったのだと咄嗟に思った、間もなく炉心の燃料棒の詰まった青白い水が、風呂の空焚きのように、ゴボゴボ音をたて、蒸気が立ち上ってきた、再臨界が起きたら止められないと聞いていた、大爆発が起き、日本中が死の灰に包まれる、私は恐怖で、何しろ隣の控え室にいる仲間に知らせなければと、隣の控え室では、仲間たちはテレビを見たり、食事をしたりしていた、私が血相を変えて「再臨海が起きたー」とやっとのことで声に出して言うと、誰もが一瞬疑ったが、すぐにことの重大さに気がつき、逃げ出し始めた、誰も再臨界を止める方法を知らないのだった、私は蜘蛛の子を散らしたように逃げていく、仲間たちの後ろ姿を見つめその場を動けなくなっていた、誰も止める方法を知らないなんて、私はそのことにはじめて気がついた恐ろしさに、逃げることもできなくなった、そこで目が醒めた、

止め方を知らないで乗っている車のような恐怖が、原発にはある、何重の壁であろうが、人間は未だ核の無毒化の方法は知らない、出来るわけがない、鉛を金に変えられないように、チェルノブイリを止められないように、

ふと丸山真男を思い出し読んでみるが、この今、何の役にも立たない、日本の意識構造をどんなに探ったとしても、解ったとしても、対峙する生命への意味が、今失われようとしているこの時に、今、人類が、生命が生きられなくなっているこの時に、愚劣、悲劇を通して、祈りから、飛躍へ、歴史の記憶とは、示されて在る悲劇であるのだから、

丸山真男「日本の思想」
思想史のない、思想的伝統の座標軸のない、無構造の「伝統」の、無常観、うき世観から、「ありのままなる」現実肯定、明治維新によるカルチャーショック、近代日本の機軸としての「國體」の創出、君権と臣民、天皇制における無責任の体系、ヨーロッパ近代の、フィクションとしての制度とその限界の自覚、近代日本における制度と共同体、「家族国家」観、「むら、郷党社会」、「家父長制」、「閥」「番頭政治」「官僚的機構化」、文学の「余計物」的存在、日本におけるマルクス主義の非劇、理論信仰の発生、精神的雑居性、「タコ壷文化」、
タルコフスキーが「ストーカー」「サクリファイス」を、私は、この進行している愚劣を、悪霊を、ドストエフスキーに代わって、ネルーダーに代わって、カフカに代わって、この間のツイッター、ユーストリーム、ユーチューブ、メモ帳、お気に入り、時系列で再構築して、終わりのない闘いが、全文化への、全歴史への絶望を超えた、意味を失う100万年の無意味、詩ではない、散文ではない、文学ではない、私対世界の、私が見ているこの時のことを、去った彼らの眼で、彼らの星のことを、ソクラテスよ、デカルトよ、全ジャンルの人間よと、彼らの星のことを、人が病み、帰る故郷が楽しめなくなったように、残された人々が楽しみを失い、癌のように、虚無が頬に張り付き、日常は損なわれ、春だというのに、桜が咲いているというのに、イタリアが、ITが輝いて見えたのに、草の一本、風の一陣に心交わした世界が、愚劣を、絶望を愛さなければならなくなったこの星の文化を、アダムとイブのパンドラの箱ではない、罪と罰の誕生ではない、彼らは何も知らないのではない、死んだものの死を愛さなければならない、沈黙でいいのか、世界は沈黙でいいのか、花も木も、生きものも、沈黙の属性でいいのか、沈黙に見える、色がない、音がない、世界は沈黙している、ただ人間の喧騒だけが、音を消したTV画面のように、被害者、加害者ではない、私の星よと、哀悼するものが、黙祷するものが、有史以来、様々に綴られ、描かれ、詠われてきた人の絶望、呑み込み、嘲笑う、この星の今、世界に満ちる愚劣、詩人も、作家も、哲学者も、今や世界にはいないのだった、この沈黙を扱える者など、
がん患者がつぶやくなら、死に往く私が見る世界、原発も見納めという、原発が在ることの意味へ、私の絶望を、世界の絶望を、死刑囚の絶望を、街中に一歩出ると、地震も、原発も、日常の中に包み込まれていく、人の日常という組織、去る私と、残り続く世界、誰もが死んでいくのだが、1人で死んでいくのだが、

科学することが人の可知を広げ、原子力などほんの一片のこと、無限大の世界への扉であった科学が、自らを苛み、なぜ人は人を、先入観を持たず、なぜ人は戦争を、なぜ核開発を、何故、何故、何故を、私の頭で、私の意味で、私の有責性において、
転移した癌のように、いずれ訪れる死のように、原発が頬に張り付いて離れない、癌と同じように、手立てはないのだった、受容することだけ、残り少ない時を、算盤ではじいて生きるばかり、私の死は受容出来ても、原発は受容出来ない、自然裡ではない、人為、殺人と同じ、世界への、全生命への、犯罪行為、生命の遺伝子への、ウイルス以外の病が、すべて、核物質によるものであるとの証明がなされるなら、それでも人は、原発を止めると電力が、核がないと抑止が、廃棄物はいつの日か誰かが、癌もいつの日か医学が、と、
年間20ミリシーベルトとは、1年間で人間の細胞60兆を20回破壊するレベル、300ベクレルとは、1kg当たり毎秒300個の放射線が出ていること、

アメリカの水の基準 0.1ベクレル
世界の水の基準 1ベクレル
チェルノブイリの水の基準 10ベクレル
日本の水の基準 300ベクレル 世界の300倍
世界の食べ物の基準 10ベクレル
チェルノブイリの食べ物の基準 37ベクレル
アメリカの食べ物の基準 170ベクレル
日本の食べ物の基準  2000ベクレル  世界の200倍
世界の空間線量の基準 1ミリシーベルト
日本の空間線量の基準 20ミリシーベルト 世界の20倍
チェルノブイリの土壌基準 493ベクレル
日本の土壌基準      5000ベクレル

小出裕章氏(京都大学原子炉実験所助教)
2.3兆円のプルサーマル、プルサーマルのゴミ、300年冷却、東電3.5パーセントの利益、補助金5000億円、50年前から25兆円、世界一高い電気料金、

お上の言うことを容認する国民性、核兵器の生産能力を保持しようとする国家意識、40年反対してきて止められず、こんな事態になってしまった、言葉がない、悔しさと責任、お詫びします、絶望だけですと、この40年間で原爆120万発の死の灰が、劣化ウラン170万トンが、プルトニウム日本だけで27トンに、

価値の崩壊、毎日の涙、新しき人は誕生するだろうか、家族を、家を、故郷、記憶につながる、あらゆるものの喪失、赤裸の、むき出しの、生命そのものだけが残った、この生命はどのように再生していくのか、同じ過ちの道を歩むのか、一人が変れば、世界は変ると、歩みはじめるのか、子供たちから先に死んでいく社会に、人はどのように向き合っていくのか、故郷は有るのに、住めない、帰れないことへの、癌が治って手に入れた、私の黄金の世界、懸け替えのない世界であったのに、
原発村の住人たち、ゴミを出し続け、子々孫々に付けを回し、政治、科学、文化への不信、無意味が自明なものに、人間への不信、自己不信、嫌悪、どんな絆も、どんな組織も、強さも、打ち砕く原発というもの、「死に至る病」を超えている原発、宗教、あらゆる先人の営為を打ち砕く、自明さを持っている原発、地震も、津波も、癌、戦争さえも吹き飛ばす、原発事故、ゴーストタウン、30年後にはセシウムが半減しようが、プルトニウムを何十トンも抱え込み、反原発運動を嘲笑うかのように、パンドラから飛び出した、邪悪、もう戻せはしない、200万年後の、人類消滅後のこと、この狭い国に、3ケ所の被爆地、この先まだ出来るだろう、54基の原発のある国、安保の挫折と、反原発の挫折、毎日、原発のことを考え続けている、枯れ木に水をやり続ける男のように、原発事故を、広島、長崎のように、一度ではなく、二度も経験して原発は止まるのか、止まらない原発、止まらない戦争のように、チェルノブイリ25年目の報告があるのに、低線量被曝のDNAへの影響が、知られされているのに、これは一体何なのか、原発依存という文明病なのか、黒い雨の洗礼が三度、四度と、1400倍のセシウム汚染の海水、20ミリシーベルトの校庭、この絶望に対置するカタルシスはない、ニヒリズムも役に立たない、あの日、私が癌に対置したとき「希望における現象学的考察」があったが、私において、希望とは世界が修復可能であることが前提であった、が、核汚染に修復はない、それでも希望は人の認識を超えて存在するのか、いや、世界とは元々希望も、絶望も存在しないものであったのか、こうしたことが実存状況というものであるのか、文明とは犠牲の上に積みあがっていくものなのか、記憶を留めるために、神が与えた、世界遺産としての、核汚染の一つとして、DNAの変異でいいのか、私が、以前のように、世界に如何なる不幸があろうとも、私対世界で受容し、私に於いて一期一会の時を生きることが出来るなら、忘却、無化、が出来るなら、希望はなくとも、意味が、それが今は出来ない、無意味が、絶望が覆い被さる、もう2ケ月を堂々巡りしている、私の癌、まだ症状は出ていないが、余命いくらかの癌、忍び寄る、限られた生、原発、さっさと避難しなかっただけだろう、チェルノブイリを知らなかったはずはなく、無知と、無責任の結果だろうと、癌に対し、早期発見、切除で今や治るのに、無知と、怠惰の結果だろうと、人への試練、罰であるのだと、その上で今在ることの、恩寵、希望であるのだと、罰から罪の演繹へと、怨念、恨、ルサンチマンではない、人としての罪への、50年後、100年後、とんでもないことを考えていく科学というもの、人というものへの、あらゆる罪を背負って、2000年の文明の背後にある、罪の歴史のように、人は生きているのだろうか、核もその一つに過ぎないのだろうか、核戦争もありえるのだから、広島、長崎、チェルノブイリの何万倍もの核の汚染の中を、人は生きているのだろうか、あらゆる罪は忘却し、罪は人の属性として、一日100種の絶滅種、人口70億が、10億に、大型哺乳類である人の減少が必要なことであるのか、原罪意識としての罪、神に対しての、良心に対しての、死刑への、戦争への、堕胎への、様々な罪意識への欠如、内なる天皇制、前近代、共同幻想の無責任体制、
この期に及んで、新しき人、潮流は生まれてはいないのか、汚れること、汚されたことへの、不実の、騙されたことへの、人間観の変更への、福島を返せ、牛の恨み、原発村が全国に転移していて、手がつけられない、痛みの緩和と、QOLだけ、文学で戦う方法はあるのか、意味はあるのか、人の常に対して、原罪を説いても、アダムとイブのように、知恵の実を求め、それが人間というもの、人というものの自由、世界の構造、抑圧者と被抑圧者、喰らうためには、被抑圧者も戦争を、原発、核、飢餓、ウイルス、災害、etc、etc、地球には放射能の雨が降るんだと、仲間同士で戦争をするんだと、全生物がそのように生きているんだ、それが地球の面白さ、ドラマ、これが世界だと、神の目で、私対世界で、驚きを持って、死に往く者にとって、政治は部分、文学にとっては、死も、政治も部分、宗教さえも、そんな文学という、人というものの無辺の世界、なぜ原発を止められないのか、原水禁の分裂、革新自治体の崩壊、諸運動の分裂、進行中の原発事故、チェルノブイリ以上の汚染が進んでいるのに、次の地震の危険が迫っているのに、止められない原発、戦争と違って、全国民が、世界が被爆する原発事故、水俣を許し、沖縄を許し、あらゆる薬害を許し、三度、四度と、さらにここに来て福島も許し、大きな負の遺産を背負って、悲劇の国として、広島、長崎、福島、と世界で最も不幸な国として、チェルノブイリの我儘な人などではなく、見捨てられた、覚悟した、サクリファイスな人、それが福島となり、世界の核汚染地帯に住む人々となり、逃げても、逃げても、世界を覆う核汚染、何人も逃れられない、悲劇の進行形、強制収容所列島、いつ最悪の時が来てもよいように、人の意味と、強さ、願い、希望、祈りを、見つめる死を、太田洋子、原民喜、峠三吉、林京子、弁証法、史的唯物論、あらゆる哲学、文化、科学、と、この核問題を、どのように定義し、克服しようとするのか、医学、科学は次世代遺伝子治療、再生医療と、思想、哲学は地球的、宇宙的視野へ、生命との共感へと、が、進行している日本の悲劇、3号機の圧力容器の温度、333℃、冷却に失敗していると、
チェルノブイリのはセシウム137が55.5万ベクレル以上の地域が強制移住の対象、
300万~3000万ベクレルという恐ろしい数値が、汚染地域は帯状に広がっており、福島も30万~60万ベクレル、放射線管理区域の4倍という20ミリシーベルトという中に子供らが、

夢を見た、
何故か私は爆発した原発内部で働いていた、みんなで広場に集まり、私が割り振られた一番奥の現場へ行くと、そこは真っ黒に油で汚れた廃材の山が大きな格納庫の中に山積みとなっていた、そこでは下請けの人がマスクも付けないで働いていた、私も働かなければならないが、ここは嫌だと思った、匂いも強いし、何かすやけた放射能一杯の様な匂いがしていた、60歳以上の人が多く働いていた、知っている、見たことのある人がいた、TVに良く出てくる軍事評論家だった、私を見ても知らん顔だった、他の場所で働こうと、更に奥へ入って行くと、白根山の火口のような赤茶けた原発の中心部に着いた、そこは見るからに放射能が吹き出ているようで、人は誰もいなかった、危ないと思い、早く立ち去らなければと歩いていたら、長い柄の付いたシャワーを持って、あちらこちをそれで洗い流している一団に出会った、皆白い防護服を着て、防毒マスク、ゴーグルを付け、私はなんとかそこを通り抜けようと、ゴーグルの奥の顔に向かって、手振りで通してくれるように頼んだ、すると前方に子供達がマスクもしないで、水溜りに架かった橋の上を、何人も歩いていた、子供は危ないのにと思ったが、子供たちは何も知らないようだった、急いで私はそこを横切り、元来た方向へ、見当をつけて歩いた、どこをどう歩いたか判らない中、最初に連れてこられた場所に戻れた、時間を見ようと、携帯を取り出したら、液晶に石灰のような白い液体が染込んでいて、時間が良く見えなかった、手で2、3度叩いたら一瞬見えた、時間は4時47分だった、あと15分もすれば仕事は終わりになる、もうあんなところでは働きたくない、早く帰りたいと思っていたら、知り合いが来た、私は早く終わったのでと、さも一緒に働いてきたように言って、みんなが出てくるのを待った、まだ保証期間内だから、帰ったら壊れた携帯を修理に出さなければと考えていた、
夢分析
原発内部の複雑さ、広さ、そこで今何が起きているのか、全体を知ることが出来ない、それでも一刻を争う事態の収束、今も何百人もの下請け労働者が被曝の中で働いている、雑魚寝で、粗食、線量オーバーすればお払い箱の、社員、派遣、下請け、原発ジプシーの実態、都市部の電気を、過疎地の原発が賄い、原発依存の構図、
「Fさん連絡ないね、11日に結果がわかるといっていたよね、手術するのかどうするのか」
「あっ、お姉ちゃんに電話してない」夫のHさんが余命いくばくという、
「きょう、福島はどうなっている」
「小出さん何か言ってる」
癌の進行、原発の進行、もううんざり、忘れたいと思っても、押し寄せ、圧し掛かってくる、父なるもの、母なるものを、求めてやまない、
Y、「所詮、国や社会なんてものは、そんなもんだよ、起こるべくして起こっただけのこと、津波だって、たかをくくってて浪にさらわれただけのことだろ」
「日本の意識は何も変らないだろう」
国策という、国益という、国家という、民族という、科学という、進歩という、正義という、自由という名のもとに、原発と核兵器が、青い、可愛い、地球という星を汚し、壊し続け、人間が生きている、世界は無意味、人間が意味を付与しているだけ、あの日、すべての意味は一度途絶えた、私亡き後の地球に何の意味がと、生まれてくる生命に対しての意味はあるとしても、去った私に何の意味がと、意味は、今在る私の存在にだけと、以来、私対世界という私における意味だけを生きてきた、私で世界を愛してきた、私で世界と生きてきた、その世界が今汚され、壊され、朝起きて放射能の飛来を気にする生活、地図から歴史から消える町への、愛しなおさねばならない世界への、かつての存在することへの無条件性は脅かされ、存在することの、実存開明への、再びの構築が、原発も、核も、馬鹿らしくて、思索の対象にもならないものを、低レベルの科学、利権構造、無責任構造、愚劣の一語の、自らの首を絞めていく原発、未来への、生命あるものへの、万死に値する罪であるのに、
「住まわせてもらっている」、で良いのでは、あの日、間違っていれば死んでいたのだから、この地には、今というこの時には、存在への、驚きと喜びは、未だ損なわれず在る、いずれ原発は核は、核戦争、更なる原発事故を引き起こし、多く人は生き残れないだろう未来であっても、生き残った人間が、更なる愚劣を繰り返そうとも、生き残った人間には、今という時があり、それが今の私であり、どのような状況であっても、今少し生きていたいと思った、あの時の私であるのだから、存在、意味を、この核汚染において問い直すこと、癌の転移後の生きる意味のように、今を生きること、高邁な理想、小さな足元の喜び、ただ在るだけの喜びで生きてきたこの二十三年の記憶、

夢を見た
科学者グループと一緒に、何か私は行動していた、核廃棄物をコンクリートで固める方法を見学していた、それをやっているのがMさんだった、Mさんは実際に原発プラントの仕事をしていた、夢の中では現場監督のようで、きびきびと指揮をとっていた、コンクリートの柱を四角に立て、そこに何かの物質を加え、ゆっくり加圧していくと、核廃棄物が大理石に変って無害になるという、町内会ごとに今処理しているのだと、大変な量の土が持ち込まれていたが、こうして町内会単位でやっていくなら、何年か先には除染が進み、昔の日本に戻れるかもしれないと希望の光を持った、
次は科学者グループと一緒に映画を見に行くことになった、マルコちゃんとかいうもので、不思議なオカルト力を持った女の子の映画だという、仲間は見たくないと言ったが、私はちょっと見て来ると言って映画館に入った、科学ではないオカルトに何か期待したいものがあったからだが、特別なものは何もなく詰まらなくなって、仲間のことが気になり、早々に出たら、仲間らは映画館の前で待っていてくれた、次の研究会の会場へ行こうとしたとき、ガバンがないことに気が付いた、どこで忘れたものか、あそこには財布も、カードも入っているし、と、懸命に思い出そうとするのだが、記憶が呼び戻せない、自分の頭が錯乱しているのがわかった、ああ低血糖が起きているんだと思ったところで目が覚めた、

夢分析、
清水建設が、放射能を10分の1に減らせる技術を開発したとの記事を見て、一瞬期待した結果の夢なのだろう、本当にそのようなことが可能ならば、世界の核汚染をいつの日か、埋めるしかない何百万トンもの放射性廃棄物を何十年後かには、と、淡い期待が夢を見させ、

夢を見た
私は田舎へ帰っていた、地震があったので、対岸に行く橋は落ちていた、その橋のたもとの家で、私は何か取材のようなことをしていた、地震の時の様子や、その後の生活のことなどを一人の男に聞きながら、これから自分は孤立している対岸の富加町に入ることなどを告げていた、すると男は車で送ってくれるという、上流には残っている橋があり、そこから入れると言う、道路は所々陥没していたりしていて、あちこちと迂回をしやっと町に辿りついた、すると町は町おこしのために様々な企画を考え、その日は盆踊り大会をするという、そしてその実行委員長が、Sさんで、事務局はOさんだという、商店街には提灯が吊り下げられ、人々は町おこしに懸命だった、商店街の一角ではみんなが集まって酒を酌み交わし、盛り上がっていた、私の生まれた桶屋の家は、今では酉の市の熊手を売る店になっていた、幾度も引越しをしてきた私には、故郷というものはないのだと思っていると、内田百閒の冥途のような光景が広がって見えた、町は薄暗い中にも賑やかに、人々が華やぎ、楽しそうなのだが、音が何も聞こえないことに気が付いた、これが冥途なのかと一瞬悪寒が走ったところで目が覚めた、

夢分析
津波で、原発で、片方は形あるすべてのものを流し去り、片方は形あるすべてのものをそのままに、しかし、どちらも人の気配はなく、生き残った、そこを知る、外から来たものの記憶の中にだけ在る町、辺見庸の宮城への鎮魂歌を読んだ感銘からだろう、

美しま、福島、美しい日本の私、技術大国日本、日本株式会社、不思議の国日本、日本ガンバレ、日本は一つ、様々に語られてきた日本が、今崩れていく、核汚染、核放出国、三度の被曝国が加害者に、核と原発という、大罪の前には、あらゆることがどちらでも良くなってしまう、民主でも、共産でも、テロでさえも、原発の犯罪に比べれば、回復可能な出来事、原発の放射性廃棄物の、全生命への遺伝子損傷の、取り返すことの出来ない、回復不能の出来事、刑期200万年の罪、この愚行を未だ続けている人類、何も言うことはない、彼らの星、彼らの世界なのだから、日本の癌発生が2人に1人だという、この狭い国に、54基の原発、原発立地の子供たち、乳歯にストロンチューム90が蓄積しているという、低レベル放射能の慢性的被曝が指摘され、
ストロンチューム90は白血球を傷つけ、癌に対する抵抗力を弱める、濃縮により小児癌が、イットリウム90は膵臓に蓄積され糖尿病の原因に、セシウム137は心臓病、プルトニウム は肺癌、白血病を、内部被曝によるフリーラジカル(活性酸素)の遺伝子損傷、等々、癌多発の要因に原発、核物質が原因であることは明らかなのに、

小田実が憲法9条が変えられるようなことがあったら、死んでも死に切れないと、病床で泣いて訴えていた、戦争放棄という、数百万の未曾有の犠牲の上に刻んだ意思、原発事故という取り返しのつかない犠牲を払ったのに、何故脱原発という流れに、この国は変らないのか、犠牲が足らないというのか、人任せ、諦めなのか、非合理、利己主義、傲慢、不遜、厭世、無知、虚無、快楽主義、没個人主義、没我、禅、仏教、ことなかれ主義、群れ意識、村社会、村八分、世間、制服、社歌、お返し、本音と建前、付和雷同、と、日本的特性が惨事を生み、増長、拡大させている、

すべてが今となっては戻せない悲しみ、友がいない、あまりに多くの友を失った、悲しいだけ、淋しいだけ、思い出なだけ、涙なだけ、人の無知はすべて許す、人は無知なだけ、過ちは幾度も犯すもの、愛や希望はその過ちの後に芽生えるもの、世界には60億人がいる、まだ損なわれていない場所がある、世界をこんなに愛しているのに、愛されていないという寂しさ、愛されたいとは、未だ埋まらないものがあるのだった、イエスが主よと救いを求めたように、世界全体を愛しているイエスが、主に愛を、救いを求めるように、草木一本一本から愛されているという思いに達するとき、主よと感謝へと、生かされてあったことの、人に生まれたことの、その喜びの、どんな世界であったとしても、私対世界、私対時間、私無き後、人類無き後、広大無辺の宇宙、只在る沈黙の世界、戦争も、原発も、その人間がやっていること、その国、その国民が、多数決原理のような、意識の構造に従って、一人一人の意識の中にも、その多数決原理のような意識の流れが働いて、これをやれば死ぬかもしれないと解っていて、死んでもいいと思ってやっている、これが種としての人間の天敵が人間であることの証、子供たちが20ミリシーベルトで良いとする、広島の1500発分の放射能が大気に、これからも更に、45トンのプルトニウム、原爆4000発分、

夢を見た
私は小出氏と会っていた、そして人間の本質である、個人主義の問題をぶっつけていた、日本のあらゆる場所で原発問題が浮上し、反原発運動があちこちで起きていた、多くの人が立ちあがっていた、小出氏は学者グループの人と講演に走り回っていた、講演後くつろいでロビーいた小出氏に私は質問をしたのだった、「貴方は40年間反原発の運動をやってこられたようだが、いつの時代も人間とは利己的な存在だと思うのですが、貴方は運動と個人をどのように超えてこられたのか、私はかつて運動に身をおき、常に組織と個人の問題に当面し、病気を期に離脱したのですが」、小出氏の反原発運動への一抹のニヒルな面を感じ質していたのだった、唐突な私の質問に、一瞬小出氏は戸惑っている様子だったが、眼鏡の奥にいつものはにかんだ笑みを浮かべると「それは政治と文学の問題でしょう、私は政治は嫌いですから」と、手を振って、私の質問ははぐらかされてしまった、隣にいた他の人からも「何を君は言っているんだ、今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ」と、一笑に付された、私も40年間闘ってきた、作家の闘いとは自らのエゴイズムとの戦いであったのだと、エゴイズムを生きながら、エゴイズムと闘うという二律背反の中で、実存、不条理への、神も人も、核も戦争も理解したいという、そして到った結論が、私対世界だった、小出氏は講演の前「原発事故を未然に止められなくてごめんなさい」と謝っていた、その言葉は孤軍奮闘して来た氏からの、傍観してきた者へのアイロニイーでもあった、あの日私たちは犯されたのだった、たかが政治、たかが原発と、悪事に目をつむってきたツケからの、いま原発問題が、これほどの関心を呼ぶのは、人の人間性が露呈し、試されているからだった、功利心、利己心、無関心、虚無、無知の、良心、正義、真理、理想、勇気が、何でもありと言って来た世界が、本当に何でもありとなってしまい、再びは騙されまいと、私対世界と、見放して来た世界が、核には抑止力がと核配備をしてきて、核戦争がおきてしまったような、善悪の問題ではなく、人間の、理性の宿命のような、理性というパンドラ箱の、と私は夢の中で呟いていた、

矢ケ崎克馬氏の警告、内部被曝の1個で何万もの細胞分子を破壊する、アルファー、ベーター線ほど力が強い、ホットスポットと言われる場所の、8マイクロシーベルトとは年間1400回のレントゲンに相当し、内部被曝を加算すると6000回のレントゲンをすることになると、100ミリシーベルト、1000個の細胞で5個の染色体異常が発生、低線量被曝の問題、ベトカウ理論「死に至る虚構」「放射線の攻撃」肥田舜太郎、2005年原爆手帳26万人、内部被爆者100万人、ぶらぶら病の人、米ポートマン医師の低線量被曝障害、1945年~1989年迄、
核がある限り、人を思いやることなどできない、まして愛や真理を説くなど、核とは命の全否定であるのだから、私対世界ではあったが、転移に怯えたのあの5年間のような、ただ在ることを願った日々の、その時、世界は輝いていた、汚れてはいなかったから、今、汚染され、更に拡がり、繰り返され、私対世界とは、世界が損なわれることなく、存在していてのことであった、どのように私対世界を、意味を回復していけるのだろうか、核を許す世界に、意味が、美が、愛が、存在するのだろうか、私が認識しようがしまいが、存在するものとしての希望は解る、が、あくまで関係性の上にあった私対世界、愛や、真理といった存在への、世界の前提の喪失に対して、それは崩れ、
もしあの日、余命何ヶ月であったのなら、その関係性は、愛や、真理が前提ではなかっただろう、去る私において、私対世界の関係性は、時間だけが意味であったはず、愛や真理ではなかったはず、愛や真理は私の主体においてのもの、あの日、どのような形であってもと考えたのは、私の存在形についてのことで、世界の存在形を問題にしてはいなかった、地球には雨が降るんだ、嵐も地震もと、どこまでも自然としての、時に戦争もするんだと、が、そこに核は考えにいれてはいなかった、核による不可逆な自明な、生命の本源への破壊をするはずはない、たとえ個人や、集団が行為しようとしても、生命の生きようとする力は押し留めるだろうと、が、原発という核の破壊は、再びエネルギー資源、安全保障、地球温暖化、経済的性、国益、科学、etc、etcと様々に理由を付けて容認していく、イマジンのように想像してごらんとしか言えない、5年後、10年後を、子供たちが癌で苦しんでいる姿を、ちょっと考えればわかること、スリーマイルで、チェルノブイリで、広島、長崎で、証明済みなこと、放射能に閾値などはなく、若者から先に死んでいく世界を、死んでいくわが子に、仕方がなかったのと言う親の姿を、豊かさが財産ではない世界が、幸福が人間だけのものではない世界、想像してごらん、死に絶えていく生きものたちのことを、奇形が幾世代にも引き継がれていく、生き物たちのことを、それでなくとも棲家を奪われ絶滅していく生物、世界はやはり経済、利便性で動いていくのだろうか、生物においては、繁栄、競争が原理ではあるが、共存関係のうちにあるのに、はたして利権だけで原発が止められないでいるのか、もっと人間の本質的な欠陥がそこにはあるのではないのか、etc、etc、

死とは、浮かれて生きていれば見えないもの、癌と同じ、ある日発覚し思い知らされるもの、それでも忘れてしまう、原発、核というもの、長いスパンの死の想像、感情としての反核、反原発が、殺人に対する、戦争に対する、抑圧に対する罪のように共有されなければ、
小出裕章『隠される原子力 核の真実』
ポロニウム210、100万分の1グラムで致死、1kg当り、1ジュール(0.24cal)=1グレイ、4グレイで致死、東海村事故、大内さん18グレイ、水俣病の原因は、人間無視が原因、細胞分子は数電子ボルトで結合、放射線のエネルギーは数100万電子ボルト、DNA分子の切断が、低線量被曝の方が危険、バイスタンダー効果、隣接細胞DNAへの情報伝達、記憶、次世代への、劣化ウラン、170万トン、25ミリ砲に147グラムの劣化ウラン、1万倍の放射線、100万キロワットで1トンのウラン、広島原爆の1000倍のウラン、原爆110万発の死の灰、プルトニウム、日本の電力会社で27トン、

3.11以降変ったこと、人間観、文学観、芸術観、癌の宣告後、読む本が無かったように、今、読む本がない、3.11に耐えうる本が、芸術、人間が、3.11からどう生きはじめたかだけが、人間の基準となり、私対世界と異邦人を生きていたのだが、愛していたのだった、再びの原発再稼動、やりたい者はやればいいのだった、原発など、私の死の前には問題ではなかったのに、なぜ私の死を上回る関心事となったのか、明日死ぬというのに、原発が問題とは、

原発を推進してきた者の罪、取り返しのつかないことへの、考えられない、未曾有の、何度倒産しても、何度罰せられても、拭えない、全世界、全生命、全文化、歴史からの責めを負う、こうした罪の意識はないのだろうか、良心などでなくていい、この悲しみ、口惜しさ、この絶望、この、この、人類の一員、生命の心を、DNAに受け継いでいるはず、私がこれほど感じているのに、彼ら本当に何も感じていないのだろうか、本当に平気なのだろうか、再びの再稼動、地図から福島が、200万年もの汚染、本当に、世界は、山河はどうなっても良いと考えているのだろうか、たとえ無知蒙昧であったとしても、現実の原発事故は見えているはず、彼ら意図してすべてをやっているとしか考えられない、価値観の反歴史性、反人間性、反向日性、本末顛倒が蔓延、人間の喪失が起きているとしか考えられない、抑止という核開発競争によって、核戦争の危険は更に増し、その核の平和利用という名のもとに進めてきた原発で、汚染、廃棄物処理という元には戻せない負を背負い、彼ら一体何者なのか、何がこの非常識を、戦争でもないのに、土地を失い、生命を脅かされ、原発ごときに、無条件で喜べる、人存在が損なわれ、時は冒され、あと1万時間くらいはと考えている私対世界に、のしかかる原発、進行していく悲惨、忘却の時はなく、覚悟の時が日常となり、再びの私対世界の構築を迫られ、

原発で明け暮れた3ケ月、Hさん、Tさんの死との3ケ月でもあった、今、梅雨の中休み夏陽が照りつけ、本日はFの手術、12Fの喫茶にて待つ間、クラインを聴いては、明るい、楽しい、美しいこの世界のことを、見て、書いていたいと思うのだった、街の雑踏、人々の日常、誰かが倒れても、誰かが引き継ぎ、日常は蘇り、私が死んでも、続いていくだろう日常が、このように在ると思えることがうれしい、この地に来て40数年、眼下に、競輪場、ラクビー場、テニスコート、プール、かつて公害のスモッグに霞んでいた町が、ビル群が拡がり、青年の日、ビラを張り、人々を集め、闘いを組織しと、走り回った街、一度原発事故が起きれば、この街も潰え去り、中性子爆弾もそのようなものなのかと、
Fの術後見舞い、F、興奮的に一日目を語る、「昨晩は、腰が痛くて、痛くて、一睡も出来ず、看護婦に横にならせてくれといったら、先生が動かしてはいけないと、血糖値が上がっているが、大丈夫かと聞くと、必要ならインシュリンを打つとか、今日になって手術箇所を見たら、斜めに切られており、どう見たってこれでは見っともなくて、外も歩けないと言ったら、また先生がと、どうももう1人いた研修医が切ったようで、余りにも対応が悪いので、先程看護婦をどやしつけてやったら、急に愛想が良くなって」と、Fは私の胃癌の手術とは大違いで、元気そのもの、心配していた気持ちが削がれ、不愉快になる、Fを制して私は言った、「癌という病気は、人生の転機として、生きることの意味を再考出来る大事な時なのだから、医師の手術方法や、看護婦の態度に文句を付けてばかりでは、意味を失う、癌からは多く学ぶものがあるのだから」と、私は語気を強め、自身の癌体験も語った、多くF以外も、癌から学ぶことは少なかった、学ぶ暇もなく死んでいった、私が癌から学んだものは、時の意味であった、長さではない、今在ることの、奇跡的な時への感情であった、目から、耳から、肌から、訪ずれる生きている喜び、Fの「その通り、それは分かる」との同意は、何も分かってはいない、世界との共感、体感はない、言葉の理解だけ、原発への感情に似る、3.11という体験をした日本、何も学んではいない、そこから生きはじめることも、原発こそ権力構造、反原発こそ反権力、反原発なくして何の運動が、この国の学者、文化人、政治家、芸術家、この国の権力構造の一員、核の平和利用だと、20年、30年かけて人を殺し、不安という最も不健全な精神的障害を与え、チェルノブイリを汚し、福島を汚し、空気を、水を、DNAを、広島、長崎の比ではない、200万年に及ぶ核兵器、彼ら、この地を、この国を愛してなどいない、効率、利権、利益、プルトニウム、セシウムの、不法投棄、放射能入り食料、飲料水の販売、100万人をレントゲン室に監禁、原発労働者奴隷制度、原発犯罪白書を作成したなら、世界の法体系が崩壊する、たばこは良くないが、放射能は良い、農薬は良くないが、放射能は良い、殺人は良くないが癌で殺すのは良い、強盗は良くないが、交付金は良い、群がり、許している、共同謀議、共犯、もはや美しい日本を語れまい、もはや花鳥諷詠、山紫水明を語れまい、もはや懐石料理の味を語れまい、もはや、園芸を、庭を、街を語れまい、何を語っても放射能入り、200万年に渡って汚し続ける放射性廃棄物のゴミだめの国に、悲劇の国から、世界の空を、海を汚す犯罪国に、許しを請い、戦争放棄の9条のように、反原発、反核の使命に向かって歩みだすならまだしも、原発輸出、再稼動、地下型原発の開発などと、反省をしない、責任を負わない、罪の意識がない、科学、合理、理性への価値意識がない、たかが電気のために、これほどの人意識、人存在の、無化をもたらす原発というもの、天災は人存在を鍛える、しかし原発は虚無、無気力を生む、汚染の中で、不安の中で生きることの精神への障害、癌の転移の中、癌以前の、無垢な、健気な、生きもののこころで生きることは不可能、彼らの精神構造とは、癌というものを知らないのだった、告知もされず、享楽している、20年後、30年後のことなどと、2人に1人は癌死、しかし子供は、30年で終わる人生で良いのか、鳥へ、花へ、生きものたちへの、彼ら、未来であるこどもたち、生きものたちが死んで、何の意味が、権力、利益、受け継ぐ者のいない未来に、感情の欠如、精神障害、タルコフスキーの「ノスタルジア」、世界に抗議して焼身自殺しようとするドメニクに、観衆は生贄をもてあそぶように傍観し、アルメリア地震の映画、大地、民族、歴史すべてが失われた無を描いていた、が、何年かの後には、世界は復活し、しかし、原発だけは、25年経ったチエルリブイリのように、人は死んでも生き続け、

夢を見た、
私は何故か東北の旅に出ていた、新幹線で、着いた所が、京都のような町屋が連なる静かな佇まいの街だった、とある旅館に私は投宿していた、そこで私はヤクザの抗争に巻き込まれたようだった、私はヤクザの何か重要な秘密を知ってしまったようで、これは社会に公表しなければいけないと思い、早速、東京へ帰り、新聞社にでも伝えようとした、ところが私が帰ろうとすると、旅館の女将が止めようとする、そしてヤクザの親分のような男が出てきて、私を怪しみ、詰問してきた、私は予定が変更になって、早く帰ることにしただけだと言っても、いつの間にかヤクザの一員にされていて、足抜けだと言って、追われる立場になっていた、隙を見て、どこをどう走ったか、駅への道を向かっていた、が、追っ手に追われているようで、それを巻くために、駅前にあった何か縁日でもあるのか、人で溢れている寺の境内に飛び込んだ、すると、そこには右翼の街宣車が来ていて、軍服姿の男たちが、何かパフォーマンスをしていた、私がその横を通り抜けようとしたら、呼び止めてきた、もうここにも手が回っているのかと、この駅から乗るのは危ないと思い、一つ先の駅まで行こうと思い、寺から飛び出し歩き始めた、向かった街は薄暗く、人はいるのだが、顔の輪郭がはっきりせず、ボーとした姿で背を丸め佇んでいるのだった、街の灯りは点いてはいるのだが光は靄に包まれたように曇っていた、私は一刻も早く東京に帰りたいと思っていた、地方の町では異質な私は目だってしまい危ない、東京に帰れば、人混みにまぎれ安全だから、

夢分析、
社会主義であろうが、資本主義であろうが、常に問題になる、官僚システムについて考えていた、思い浮かんだのがカフカの「城」だった、目的、本題に、中々辿り着けない、幾重にも防備された組織や規則が張り巡らされていて、目的を諦める方が意味あることに思えてくるシステム、現在の日本の、世界の様々な問題、国益、核、原発、どんな簡単な当たり前の、人間的感情の事柄も、この巣喰ったシステムの壁に阻まれ、非合理へ、不条理へと追いやられ、子供たちに何も教えられないほどの、価値崩壊が起きている現実があるのに、真と、善と、美を、世界は、人は伝えてきた、が今、子供たちに、原発どうしてくれるの、核どうしてくれるの、と問われて、直ちに被害を及ぼす、そして未来永劫、世界を苛む核を戴いていく人間社会に、虚無、不信が蔓延し、その世界にあっての私対世界とは、遺伝子組み換え食物か、農薬入りか、放射能入りか、空気も水も大地も、ある日突然放射性廃棄物が露出して、汚染は拡散し、止めるすべなく、生物は奇形化しと、未来が予測、想像可能な世界となり、人の意識に決定的な変更を与え、神の死から、人間の死へ、癌や病気が問題なのではない、人意識への闇、覚せい剤患者の脳細胞のような、人意識の喪失が起き、自滅へ、しかし世界は汚染されたままの、200万年かけて遣り直す他はなく、そこまで見据えた私対世界とは、
夢を見た、
水族館のような場所で、大きな水槽があり、そこに牛のような魚が泳いでいた、周りには白衣の男たちが立ち働いていた、一人の男が水槽の前に立ち、その牛のような魚の頭を撫でながら、牛とは何かを説明しているようだった、その牛のような魚も牛に近いせいなのか、気持よさそうに頭を白衣の男に擦り付けていた、そこにはTVカメラや、報道陣も来ていて、男は彼らに説明しているのだった、生き物は苦しませず殺してやることが大事で、と言いながら、一本の長い刺身包丁のようなものを取り出し、記者等にかざして見せた、そして首の辺りをぽんぽん叩きながら、まるで鍼灸師が針を刺すように、静かに包丁を首筋に差し入れたかと思うと、心臓の辺りへ来たとき、くるりと包丁を回転させ、一気に心臓をえぐり出し、報道陣の前に取り出して見せた、牛魚は心臓を取られた事にまだ気が付かず、嬉しそうに泳いでいた、が、間もなく苦しむこともなく、目を閉じ死んでいった、

夢分析、
セシウム入り牛は処分される、これから何万頭も、かつて、鳥インフルエンザ、口蹄疫と、殺されていった無数の生き物たちのように、許されよと、食してきた生きものたちのことが、殺すことには変りはないのだが、食物連鎖という、自然の摂理への否定という犯罪性を感じ見た夢なのだろう、米、野菜、ありとあらゆる、生きものたちの生きる為の恵みを汚してしまったことへの、取り返しのつかない罪、許されない罪の発生、有史以来の人への救いは、3.11以降断たれたのだった、世界の核汚染はロシア・チェリャビンスク、新疆ウイグル自治区、マーシャル諸島共和国、カザフスタン共和国セミパラチンスク、イラク共和国、ムスタファの村、オーストラリア、ノーザンテリトリー(北部準州)のレンジャー鉱山、アメリカ、ハンフォードの核施設、インド東部ビハール州・ジャドゴダ、アフリカ、ガボン南東部ムーナーナ、世界の原発431基、 核爆弾約2万2000発、ラジウム発見から100年、これからも汚し続けるのだろう、臓器移植、遺伝子組み換え、核シェルター都市とさまざま対処もし、しかし最後には、「ソイレントグリーン」の映画のように、かつての美しかった地球の姿を、スクリーンで、田園交響曲を聴きながら、安楽死していく世界が未来の世界、未来、SFの世界と思っていたことが現実に、忍び寄る不可逆性の時のように、破滅のシナリオが今この時代に、可愛かった世界、それが今汚され、可愛かった世界の思い出があるから、最後まで愛していこうと、世界が以前とは根本的に変ってしまい、有史以来培ってきた人の意味が、意味を失い、しかし、最後まで見つめていこうと、かつて、どのような痛み、苦しみの中であっても、今しばらく生きていたいと思った、存在を超えた、時というものへの信仰にも似た感情、在るということの、私が在るということの、その私とこの世界という、私対世界、この私でもって世界を、地球には放射能が降るのだ、人が殺しあうんだ、生き物を絶滅させるんだ、DNAを改造するんだと、可愛かった、可愛かった記憶が在るから愛せる、水の惑星、奇跡の星、46億年の歴史の星、今しばらく居させてもらうこの星、この時よと、

私のツァラトゥストラ
序説


辺見は40歳のとき、癌を患い、幸い命拾いをしたのだが、以来、都会であっても、ソーロのような「森の生活」をしようと、社会との関係を断って、生き始めた、在ることだけを楽しみ、日々の散歩のように、彼を形づくってきた文化や、彼の生きた記憶を生きなおすという、思索の中を生きていた、
だが突然に彼の心は変った、----二千十一年三月十二日の朝、一睡もしないで夜を明かした、涙で赤く腫れた目をこすりあげて、立ち昇ってきた太陽に向かって次のように言った、
「宇宙よ、大地よ、もしおまえが、痛めつけるべき者を持たなかったなら、お前の成すことはただの自然裡に過ぎない、太古より、進化を繰り返し、幾度となくお前に痛めつけられ、しかし、その度に強くなり、今や、お前に負けないほどの叡智を持ったと思った、そこが彼らの慢心であった、地球温暖化、飢餓、戦争、パンデミック、と試練は次々と襲い、そして昨日の原発の爆発、核物質の嵐が世界を席捲し、自らの驕りにしっぺ返しをくらった、
楽しんでいた私の生活が、俄かに騒がしくなった、人間たちの不安と、恐怖、逃げまどい助けを求める彼らの声が巷にあふれた、私は彼らに示さなければならなくなった、40億年の時を闘い、生き延びてきた、彼らと、彼らの先祖の話を、おつりだと楽しんでいた暮らしを切り上げ、彼等のもとへ出かける私を祝福してくれ、もし彼らがこのまま為すすべくもなく絶えてしまったのなら、お前もつまらないだろう、再び、傲慢に、不遜に、闘いを挑んでくる彼らがいてこそ、お前の望むところであろう、
この私を祝福せよ----お前と闘った数々の傷を持つこの私が、彼らを薫陶してくるのだから」
----このように言うと、辺見は彼の住む町をあとにして、彼を待つであろう者たちの住む北の街へ向かった、



辺見は南へ逃れて行く、無数の人々とは逆の方向へ1人歩みを進めた、何十キロもの車と人の群れを抜け、辺りが静まり返った街に来たとき、一人の老人が彼の前に立ち現れた、この老人には見覚えがあった、この国の精神的気分とでも言うような、諸行無常というものを嘆じた鴨野長明であった、
かくて老人はこのように言った、
「この度の原発事故は、諸行無常という摂理なだけで、そこには何んの意味もないのだぞ、今お前さんは、北の街へ絶望する人々を助けに行こうとしているようじゃが、物も人の心も、いつまでも一ヶ所に留まっているものではない、数年もすれば変るもの、お前さんはこの世界に何か一つでも変らぬものがあるとでもいうのかね」
辺見は答えた
「貴方が嘆じた諸行無常という、その現象こそが変らぬものであり、その現象こそが未来永劫ということであり、そこにある意味や喜びをこそ私は人に解らせようと考えているのだ」
「逃げ遅れ、次々と死んでいく者に、故郷を追われ、死の淵に怯える者を、お前さんはこれは諸行無常ということであり、意味や価値のあることだとでも言ってみるのかね、そんなことは彼らは四度も経験している、今彼らが感じていることは、自分の死ではなく、命のように大切にしてきた、祖先から受け継いできた大地を、汚ごしてしまったことへの、取り返しのつかない事への絶望なのだ」
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夢の島熱帯植物館

夢の島熱帯植物館

公園の人々

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  公園の人々

 どの位前からだろう、この数年のことではある。野宿する人が増え、
カフカ、断食芸人で死に至る人の内面を鮮やかに描いていた---。

A老人 小柄な、前屈みで、音を立てないようにいつもそっと歩く、見開かれた眼は辺りを常に伺っている。いつも一人。
時折、ボランティアらしき婦人が声をかけ、何か食料を差し入れる。
何する当てがあるわけではなく、日がな公園を徘徊している。
毎夜、定位置のベンチに現れ、ゴムガッパのカイマキ(掻巻)で眠る人
公園の一角には青シートを掛けたテント、数人の男たちが共同生活。
テレビでは、日雇いテント村などというものが建てられ、支援を伝えているが、
公園、河川敷、昔も今も変わらぬ、野宿する人々、

佐江衆一氏、野本三吉氏、今はどうしているのだろうか、「横浜ストリートライフ」、「風の自叙伝」、底辺を見つめていた。

http://www.okinawa-u.ac.jp/soumuGakuchoColumn.php?eid=00013


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ぼくらの行進曲(小笠原豊樹 訳)

マヤコフスキー

  ぼくらの行進曲(小笠原豊樹 訳)

 マヤコフスキー(1893―1930)

広場に鳴らせ、暴動の足音を!
聳えろ、誇らしい頭の山脈!
ぼくらは二度目のノアの洪水で
全宇宙の町々を洗い浄めよう。

日常の牛は斑だ。
歳月の馬車は緩慢だ。
ぼくらの神は駈け足だ。
ぼくらの心は太鼓だ。

ぼくらの黄金より魅惑的なものがあるか。
弾丸の蜂どもにぼくらが刺されてたまるか。
ぼくらの武器はぼくらの唄だ。
ぼくらの黄金は鳴り響く声だ。

牧場よ、緑に横たわれ、
日常の底を敷きつめろ。
虹よ、軛をかけろ、
早飛びの歳月の馬どもに。

見えるか、天やつ、星に飽きている!
あいつ抜きでぼくらの唄を編もう。
おおい、大熊座! 要求しろ、
生きたままぼくらを天に迎えろと。

喜びを飲め! 歌え!
春が血管に一杯だ。
心よ、太鼓を叩け!
ぼくらの胸はティンパニーの銅だ。

少年時代の終わり(和田忠彦 訳)

モンターレ

  少年時代の終わり(和田忠彦 訳)

 モンターレ(1896―1981)

 道は未知の貌をした不安な歴史に通じていた。
けれど その貌を養う韻律は
ぼくらから逃げ去った。
あらゆる瞬間が燃え尽きた
未来の一瞬に、跡形もなく。
生きることは、ときには新しすぎる
運命だった。だから心が高鳴った
規則などなかった。
定められた溝など、
悲しみと喜びを識別するための対照などなかった。
けれど きみはまた小径を引き返し
海辺の家へと
ぼくらの驚きに満ちた子供のころの、今では閉ざされた隠れ家へと
心のどんな動きにもすぐに応えた
外面の一致。名前をまとったものたち。
ぼくらの世界には中心があった。

ぼくらは汚れのない時代にいた
雲が暗号でも略号でもなく
旅を見守る美しい姉妹であるような。
自然のなかに恍惚とした凝視がある
自然は夢見ない驚異だ
曖昧なぼくらの心に追いつこうとは
ぼくらは欺かれた時代にいた。

短い歳月が日のように飛び去って
華やかにむさぼる海はすべて
確信を沈めた。
海はいまでは震える御柳のぼやけた姿をしていた。
夜明は起きなければならなかった
一条の光が輝く
窓辺でひとつぶの水滴のようにぼくらに告げた
ぼくらはしっかりと駈けよって
庭の砂利の上で きしむ
門を開いた。
ぼくらにははっきりわかった、偽りだと。
重苦しい雲が海面で
ぼくらを沸き立たせている 濁った海のうえに
のさばっていた。
嵐の予感が
大気にはあった。
そんな予感も関りがない、
しるしをつけた中庭を
まるで世界のように探検する
子供の領域には!
ぼくらにも探るときがやってきていた。
少年時代はまるく円のなかに消えたのだ。

ああ 葦のしげみの中で人喰い人種ごっこ
棕櫚のひげ、破れたブリキ缶集め、楽しかった。
美しい時代は飛び去った、海の
線のうえを、帆を張りつめてゆく小舟のように。
たしかにぼくらは押し黙ってみつめていた。ささやかな 激しい変化を期待して。
やがて偽りの静けさのなかで
えぐられた水のうえに
風が起きるはずだった

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mitosya

Author:mitosya
個人誌「未踏」へようこそ!
http://www.mitosya.com/

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